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エイズ否定論

エイズ否定論、エイズ否認主義HIV/AIDS denialismとは、HIV(ヒト免疫不全ウイルスHuman Immunodeficiency Virus)はエイズ(後天性免疫不全症候群)の原因ではないとする人命に関わるきわめて危険な疑似科学または陰謀論のこと。HIVがエイズの原因ではないと信じてしまうと、患者が治療を忌避する、感染防止を蔑ろにする、等の弊害が生じ、きわめて危険である。これに対し、ダーバン宣言(Durban Declaration)で述べられているとおり、エイズがHIV-1またはHIV-2によって引き起こされているという証拠は網羅的で明確であり、最高水準の科学を満たしている。

Durban Declaration ダーバン宣言

ダーバン宣言は、HIVがエイズの原因であることを確認するため、5,000人を超える医師と科学者によって署名された声明であり、2000年に発表された。特に、南アフリカのタボ・ムベキ大統領のエイズ否定論支持に対抗するために起草された。2000年7月9〜14日に南アフリカのダーバンで開催された2000年国際エイズ会議の数週間前に書かれ、ダーバン会議と同時期にネイチャー誌に掲載された。 宣言は、HIVがエイズを引き起こすという証拠は「明確で網羅的で明白である」とした。

エイズがHIV-1またはHIV-2によって引き起こされるという証拠は、明確で網羅的で明白であり、科学の最高水準を満たしている。 そのデータは、ポリオ、はしか、天然痘などの他のウイルス性疾患とまったく同じ基準を満たしている。

 

・後天性免疫不全症候群の患者は、住んでいる場所に関係なく、HIVに感染している。

 

・治療しない場合、ほとんどのHIV感染者は5〜10年以内にエイズの兆候を示す。 HIV感染は、血液からの抗体、遺伝子配列の検出、またはウイルス分離によって識別できる。これらのテストは、他のウイルス感染を検出するために使用されるものと同程度の信頼性がある。

 

・HIVに汚染した血液や血液製剤を使用した人はエイズを発症するが、汚染されていない血液やスクリーニングされた血液を使用した人は発症しない。

 

・エイズを発症するほとんどの子供は、HIVに感染した母親から生まれる。母親のウイルス量が多いほど、子供が感染するリスクは高くなる。

 

・研究室での実験では、エイズ患者が喪失するのとまったく同じ種類の白血球(CD4リンパ球)にHIVが感染する。

 

・試験管内でHIV複製を阻害する薬は、ヒト中のウイルス量を減らし、エイズの進行を遅らせる。治療薬が利用可能な場合、エイズによる死亡率は80%以上減少する。

 

・クローンされたSIV DNAを接種したサルはエイズに感染し、発症する。

HIVによるエイズ発症メカニズム

HIVがエイズを引き起こすプロセスは詳細に検討され、解明されている。

  1. HIVに汚染された血液や性分泌液に直接触れることで感染する。
  2. 感染直後にはHIVが急速に複製されるため、免疫反応が間に合わず、急性HIV感染症と呼ばれる血漿中のHIVが急増する症状が起こり、免疫細胞のCD4陽性ヘルパーT細胞が激減する。
  3. 免疫システムが反応し始めると、血液中のHIVは減り、CD4陽性ヘルパーT細胞が再び増え始める。
  4. その後、何年もかけてHIVは免疫システムをゆっくりと破壊し、CD4陽性ヘルパーT細胞が減りすぎると、免疫システムがコントロールできなくなり、後期HIV感染の症状が現われる。およそ10年後に免疫システムは崩壊し、感染者はさまざまな日和見感染症(伝染病やガン)にかかりやすくなり、この状態がエイズと呼ばれる。

HIVは免疫システムを司る細胞に感染することにより、免疫の働きを逃れて生き延び、抗レトロウィルス薬などによって簡単に変異するため、遺伝子が多様で、その予防は困難である。抗レトロウィルス薬はHIVの複製能力を抑えてエイズの進行を遅らせるが、貧困や麻薬乱用などは、HIVを活性化したり、免疫システムを衰えさせる要因となり、エイズの進行を早めうる。

人物

Casper G. Schmidt

HIV/エイズ否定論を最初に主張した人物は、米国ニューヨーク在住の精神科医のキャスパー G. シュミットであるとされる。1984年に「The Group-Fantasy Origins of AIDS」(エイズという集団夢想の起源、Journal of Psychohistory, 12(1), 37-78, 1984)という記事を発表し、エイズは「流行性ヒステリー症」であると主張した。 シュミット自身も同性愛者であり、1994年にエイズで亡くなっている。

Peter Duesberg(ピーター・デューズバーグ)

Peter H. Duesberg(1936年生まれのドイツ系アメリカ人)はエイズ否定論の中心的な人物である。カリフォルニア大学バークレー校の分子生物学および細胞生物学の教授であり、もともと癌の遺伝的要因に関する研究で知られた科学者だった。彼にこのような肩書きがなければ、エイズ否定論がこれほど注目され、甚大な被害を及ぼすこともなかったであろう。

デューズバーグは、がんを引き起こす遺伝子とそれを運ぶレトロウィルスを最初に分離した科学者の1人であり、1986年にアメリカ科学アカデミー会員に選ばれている。ところが1980年代前半には、レトロウィルスは無害であり、がん遺伝子はがんの原因ではないと、自らの研究を否定するようになる。がんを引き起こしているのは、遺伝子の変異ではなく、環境中の発がん性物質によって起こる染色体の異数性(染色体の過不足)であると彼は考えた。その結果、デューズバーグは、HIVとエイズに関してなんの研究もしていなかったにもかかわらず、この考えをエイズにまで広げ、レトロウィルスは無害な居候であり、がんもエイズも誘発しないとして、1987年には以下の論文を単名で発表した

Retroviruses as Carcinogens and Pathogens: Expectations and Reality Peter H. Duesberg, Cancer Res. 1987 Mar 1;47(5):1199-220.

デューズバーグの主張をまとめると以下のようになる。

  • HIVに感染した人がみなエイズを発症するわけではない。HIVは、エイズを発症する人の体内に存在するが、無害なウイルスでエイズの原因ではない。
  • 免疫システムを破壊するようなライフスタイルがエイズの原因である。男性同性愛者の場合は麻薬が原因であり、アフリカのエイズは貧困による栄養失調等が原因で起こる昔からの病気である。AZTやその他のHIV治療薬は有毒なので使用してもエイズを悪化させるだけである。血友病の治療薬がエイズの原因となることもある。
  • HIVは感染症を定義するコッホの原則に従っていない。

デューズバーグの考えるエイズの要因にはさまざまなものがあり、HIVをエイズの原因とする一般的な主張よりも複雑で、そもそもオッカムの剃刀に反している。デューズバーグは麻薬等の薬物乱用がエイズの原因であるとしているが、どれほど激しい薬物乱用でもエイズ特有の免疫システムの崩壊(CD4陽性ヘルパーT細胞の減少)を招いた事例はない。つまり、麻薬常習者でもHIVに感染しない限り、エイズを発症することはない。

キャリー・マリス(Kary Mullis

Kary Mullis(1944−2019)は、少量のDNAを数十億回も迅速にコピーできるポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を作成し、1993年に Michael Smithとともにノーベル化学賞を受賞した。しかし、HIVはエイズ患者ではほとんど検出できないと主張し、デューズバーグのエイズ否定論の賛同者でもあった。

The Nobel Disease: When Intelligence Fails To Protect Against Irrationality Candice Basterfield, Scott O. Lilienfeld, Shawna M. Bowes, Thomas H. Costello, From: Volume 44, No. 3 May / June 2020, Skeptical Inquirer

タボ・ムベキThabo Mbeki

タボ・ムベキは、第9代南アフリカ共和国大統領に就任後、2000年7月9日にダーバンで開催された国際エイズ会議での演説ではHIVについて言及せず、ピーター・デューズバーグらエイズ否定論者を諮問委員会に参加させた。彼の政権はエイズの流行に適切に対応せず、エイズの全国治療プログラムの承認と実施の失敗に対して繰り返し非難された。2008年には、ムベキ大統領のエイズ否定論的政策により、33万人以上の南アフリカ人の早期死亡につながったと推定されている。

2000〜2005年のAIDSに死亡者数は250万と推定されており、それらのうち13%程度が、HIV否定論ベースの政策によるものということになる。

Christine Maggiore

Christine Joy Maggioreは、米国でもっとも影響力のあるHIV/AIDS否定論者の1人であり、HIV陽性の妊婦に抗HIV薬を避けるよう促す組織「Alive & Well AIDS Alternatives」の創設者であった。彼女自身もHIV陽性であったがピーター・デューズバーグの影響で否定論に転じた。娘のEliza Jane Scovillが妊娠中にもHIV感染のリスクを減らすための薬を服用しておらず、生まれた娘にもHIV検査を受けさせなかった。その結果、Elizaは3歳でエイズが原因の合併症により死亡している。彼女自身も、エイズ関連の症状に苦しんだ後、2008年12月27日に死亡した。

亡くなったのはChristine Maggioreという52歳の女性で、「HIVはAIDSの原因ではない」というHIV否定論(AIDS再評価運動)の主張者のひとりである(HIV否定論は、反進化論と温暖化否定論とともに、自然科学分野における3大否定論と呼ばれている)。

 

このChristine Maggioreは、HIVに感染していることがわかっていながら、母子感染リスクを下げるための抗レトルウィルス剤(ARV)の使用を拒否し、感染のリスクのある母乳養育を行って、娘Eliza Janeに母子感染させた。そして、2005年春にEliza JaneはAIDS関連肺炎で3歳で亡くなった。

 

しかし、Christine MaggioreはHIV否定論を取り下げることはなく、娘の死因はAIDSではないと主張し続けた。そして、自らも過去半年ほど肺炎を患い、2008年12月27日に死亡した。

参考文献

書籍

  原著はDenying AIDS: Conspiracy Theories, Pseudoscience, and Human Tragedy Seth C. C. Kalichman, Copernicus (2014/11/6)

  こちらは日本語訳はないようだ。

リンク

このウェブサイトは、HIVがエイズの原因であり、抗レトロウイルス薬(ARV)の利点がリスクを上回っているという科学的証拠について述べており、HIV / AIDSとの世界的な闘いに携わっている研究者やコミュニティの支持者によって作成された。現在、このサイトは活動休止中だが、エイズ否定論に対抗するための有用な情報が含まれている。

「エイズを弄ぶ人々」の著者のブログ。2015年以降更新はされていないようだ。